《弐》ククリ - 2.Kukuri -

内在する幸せ/初心

 このカードのモデルは、伊邪那岐命(イザナギノミコ)と伊邪那美命(イザナミノミコト)の夫婦神の仲人とされる菊理姫(ククリヒメ)。「拾壱・トリイ(鳥居)」をくぐり、聖なる結婚、縁を結ぶことを表す。山に浮かび上がる女神は、菊理姫が白山明神とも呼ばれることから。彼女が合掌するこの絵は、内的探求の訪れと同時にゴールをも現している。つまり、そもそも到達していることを暗示する。西洋の童話に出てくる、幸せの青い鳥は最初から我が庭にいたというものと同じ。

 

 しかし「王子と姫は幸せに暮らしました」というエンディングが待つ西洋的なおとぎ話に対し、日本の童話は「昔むかし、あるところにおじいさんとおばあさんが…」で始まり、まず最初から老翁、老媼の婚姻がある。ククリはこの老翁、老媼の合一を象徴。もとよりあなたに内在する「幸せ」を物語り、これから始まるステージの到来を予感させる。その鍵は「初心」に気づくこと。

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《壱》 いちひめ - 1.Ichihime -

世界の始まりと伝達

 たろうが「種」なら、いちひめは「水」である。水は霊力。水を与えられ種は芽吹く。水の星であるこの地上の力を象徴するのが『壱・いちひめ』である。また、天にあって燦然と輝くたろうの「火」で、水は温められ変容する。この「火水(カミ)」という陰陽のエレメントは「変容」のシンボル。地上にあらゆるものをもたらす最初の土壌(世界の始まり)となる。

 

 いちひめの周囲には、霊獣が取り巻く。たろうの時は「音」の玉でしかなかった霊獣が、水(=いちひめ)の力を得、地上世界に繰り出すことを暗示している。古今東西の神話が語る、乳母と夫婦になる物語や、女から生まれ出た男が、再び、母である女と結ばれようとする物語は、この創造の働きを現している。何者でもなかったものが「何かでありたい。何かになりたい」と相手を乞い、二つのもの(陰と陽)は結ばれる。しかし、創造は再び「なんでもなかった」ものに戻りたいと願うようになり、何者でもないところへと還ってゆく。その繰り返しは「呼吸」のようなもので、生命の動きを司る。

 

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《零》たろう - 0.Taro -

多様な可能性、潜在能力

 京都タロットにおいて、その要であり、最も特徴的と言えるのが、「たろう」と「いちひめ」。この2枚は一対である。世界が生まれると、事物には即(好むと好まざるに関わらず)二元性が生じる。現象世界のこの二元性(陽と陰)を「たろう」と「いちひめ」が担っている。黄金の龍にまたがり、手には八咫烏(やたがらす)の杖を携え、周囲には霊獣の玉を浮かべる《零》たろう。これから何者にでもなれるという創造の可能性を感じさせる。この玉は、成長の全ての可能性を秘めた「種」のような状態。このカードは無限の「変容」を象徴する。

 

 また、図中の北斗七星から察せられるように、たろうは「北極星」=宇宙の中心である。これは創造の根源、不動を表す。日本には古くから北辰(北極星)信仰があった。天にあってただ一点、動かない姿。古人(いにしえびと)たちは、真北を示す星に揺るぎない愛を覚えたのではないだろうか。そこから物語の始まり(=神話)を見たのではないだろうか。

 

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宙を越えて 〜京都タロットの誕生〜

展覧会で「これは売っていますか?」と一番訊ねられたのが、実は京都タロットのカタログレゾネ。

原画並みの美しさで製作していただいたこのアーカイバル版画版は今のところ販売していませんが、このレゾネの中身を少しずつ公開します。

まずは、プロローグから。

 

 

 『京都タロット』の構想にとりかかってから、足掛け10年の年月が経ちました。タロットカード愛好家だった当時の私は、西洋由来のタロットに微妙な違和感を覚え、独自の文化の営みを持つ島国日本ならではのタロットカードを望むようになっていました。当初は、自分で制作しようという思いは全くなく、そのうち誰かがやってくれるだろう…と、そんな気持ちであったのを覚えています。

 また夢日記を長年控えていたこともあって、夢分析の一環としてもタロットと親しんでいました。夢見とタロットの象徴と現実との妙なる繋がりの発見に、のめり込むように愉しんだ毎日。そうして、欠かすことなくタロットをたしなむ日々を送っているうち、うすうす感じていた違和感が、看過できぬほど膨らんでしまったのです。

 西洋タロット解釈の中でお馴染みの『アーサー王伝説』。『円卓の騎士の物語』とも呼ばれ、ヨーロッパで広く知られている英雄譚があります。(今や日本でも、ゲームの題材として知る人も多いそうですが。)その物語は精神の成長に関する深い洞察に溢れています。カード理解を深めるためにも、西洋の様々な伝説を学ぶ作業は楽しい過程には違いありませんが、私にはどういうわけか、何かしらしっくりとこない感じがぬぐえませんでした。「日本人なら『八岐大蛇の物語』ではないだろうか…」などと想いをノートに控えはじめ、気づくと構想に着手していました。

 それでも、あくまでも自分の趣味の範囲内でのことでしたが、その頃『タロー・デ・パリ』という新しいタロットが誕生し、パリの街へのリスペクトに溢れた美しい絵柄を目にしたとき、私は手元にある構想用の小さなノートや走り書きした紙切れの中にあるものを、秘かに『京都タロット』と呼びはじめました。名前を付けたとたん、それは不思議とリアルに感じられるようになるもので、この世界に『京都タロット』なるものを顕現させたいと願うようになったのは、その後すぐのことです。

 言うまでもなくタロットはカード絵こそが命であり、源です。象徴言語の宝庫であるタロットに「京都」を冠するからには、和のテイストに満ちた神秘性のある図案が絶対に必要です。そんな折、当時開催した夢見と和女神のワークショップで、主催のスターポエッツギャラリーさん作成のダイレクトメールを彩っていた女神のイラストと出逢うことになりました。

 朋百香さんという絵描きさんを知ったのは、その時が初めてでした。私はテーブルの上に置かれていた画集をまさぐるように眺め、求めていたその人との邂逅に興奮し、発作的に彼女の前に歩み出て、ひざまずくようにカード絵の件をお願いしたように記憶しています。

 「実は私も2年くらい前から、なぜかずっとカード絵というものを描いてみたかったのです」と応えてくださった朋百香さん。私はこの時のことを思い出すと、今も胸が熱くなります。

 心血を注ぐという言葉がありますが、カード絵を描く朋百香さんは、まさにそれでした。製作行程において、驚くべきことに、カードのテーマに沿う出来事がその都度発生し、その体験の中で作品は必然的に現われてくるかのようでした。

 このカードは現在、私が当初予定していたものより、さらに大きなテーマを持つものに変容しています。西洋タロットを学ばれた方ならご存知だと思いますが、その骨幹を成しているのがカバラと呼ばれる西洋神秘思想における生命樹(セフィロト)のモチーフ。京都タロットにおいては、その骨組み自体を大きく改変させ、京都御所や宝船といった日本ならではの空想上の、あるいは実際の枠組みを採用しました。ところが、揺るぎのないものであったはずのこれらの枠組みもまた、いずれ消え去る運命にあります。そこに、タロットカードの最大のテーマが隠されていたのでした。

 当初は、本家タロットカードがそうであるように、京都タロットもまた、単に占いの道具というだけではなく、自己との対話のツールであり、あるいは精神の変容を導くきっかけとしての役割を持たせていました。そこには土地に根ざした神話や民話があり、日本人ならよく知る登場人物がいて、カードに触れることで物語を味わい、その神秘性が自ら開かれていくことを目的としていました。

 このことについては、いつか詳しくお話しする機会があればとも思いますが、人は神話に触れることで、あたかも物語を追体験するかのような感覚を内に感じることが起こってくるのです。神話学の世界的な大家ジョゼフ・キャンベルも述べているのですが、その時の昂揚感、充実感は、私たちに生きる目的や意味を感じさせてくれるものです。

 しかし、本題はここからです。私たちが内なる神話をなぞらえる、その真実のテーマは、生の意味を見出すことより、さらに奥深くに潜んでいます。

 ──物語の幻想性を見抜くこと。

 あたりまえですが、物語は物語です。物語への執着により、私たちは本質を見失なっています。

 このことについて、例えば、あの『源氏物語』に思いを馳せてみてください。千年以上も昔に、ひとりの女性が描いた壮麗な物語は、日本のみならず世界の名著に数えられ、古今東西、多くの人々に感銘を与えています。光源氏というひとりの美しい男の生涯に渡る恋愛譚が、これほどまで支持されるのは、さまざまな恋愛感情が共感を得るということばかりではないはずです。

 源氏物語の凄みは、人生のダイナミズムと儚さを同時に感じさせたことではないでしょうか。ひとりの男の恋愛の機微を、一生を通じて描き切ったことで、人生の幻のような儚さがかえって際立ったのです。それゆえの極上の恋の物語となり、人生の一大絵巻として、まるで宙に浮かび上がっているかのように見えてくる…。その時に気づき得るものが、物語の真の醍醐味です。

 おわかりでしょうか?

 物語は、ただ宙に浮かんでいるだけ──。

 『京都タロット』の究極のテーマはここにあります。宙に浮かんだストーリーから人生の幻想性を見抜き、物語の喜びや苦悩に何も影響されない自己の本質に気づくことが可能になります。『宙のメサージュ』という名は、宙に浮かんだ物語の正体を見抜くことで、その妙なる働きを感ぜよというメッセージが込められています。

 

 長々と小難しげ書きましたが…アートとしても存分に楽しめるカードですから、まずは、何も考えずに、絵柄の美しさを味わっていただくだけで、なんの問題もありません。先に答えを言うべきではないかもしれませんが、タロティストは最終的に「この美しさを見ているだけでいい」というシンプルな結論に至ることでしょう。最初のこの味わいと同じところに、あなたはやがて戻ってくる……いいえ、はじめからどこにも行っていなかったことを悟るのです。

 

 『京都タロット 宙のメサージュ』の誕生には多くの方々のサポートと励ましがありました。何か一つ欠けていても、生まれてこなかったと思います。最後になってしまいましたが、ご声援、ご協力いただいたすべての方々に心からの感謝を申し上げ、はじめの挨拶とさせていただきます。

 あとは、このタロットが必要な人の元に運ばれ、癒しとなり、本質への導きとなりますよう祈るばかりです。

岩倉ミケ

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