《拾六》ミカヅチ - 16.Mikazuchi -

劇的な変革、天啓

 武甕槌神(タケミカヅチノカミ)は、イザナギの「剣」についた血から生じたとされる剣の神。このことはイザナギの在る稲穂の宮で育ててきたものが一つの完了を迎え、新たなステージへと変化を遂げたことを告げている。過激なまでの劇的な変化。伝統や権威の失墜があるかもしれない。手放し難かった価値観や想いが崩されるかもしれない。それは、青く渦を巻く空で表されているように「晴天の霹靂」的な訪れ方をするかもしれない。雷=イカヅチが落ちるような。

 菅原道真は雷神と同一視され、彼を不遇に陥れたものを死後、雷を落として懲らしめたとされたが、シンボリズム的に解釈するなら、新しい時代に即さない古い秩序は破壊されると見るべきだろう。牛の角が生えた赤熊(しゃぐま)を被った男は、祇園祭で踊る‘棒振り’か、もしくは‘牛頭天王’を彷彿とさせる。厄神であると同時に厄を祓う力強い象徴。さらに、雷は天啓のシンボル。永い思索を喝破するごとくの偉大な閃きを予感させる。

 

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《拾伍》オロチ - 15.Orochi -

毒と剣で現実を制する

 素戔嗚尊(スサノオノミコト)のヤマタノオロチ伝説のクライマックスシーンが描かれる。素戔鳴尊は八つの門の内側に置かれた八つの桶に強いお酒をたっぷり入れ、さまざまに策略を巡らせてオロチを迎え打つ。まんまと酔っ払い、首を落とされるオロチ。策略に長け、女性を手に入れる素戔鳴尊の物語は痛快で、事態の深刻さを吹き飛ばしてしまう。西洋タロットの『悪魔』に対応する《拾伍》オロチは、剣の宮において起こりがちな深刻さの打破を教え、強いお酒と策略の意味するところは、社会に出て遭遇する残酷さに対抗するためには、自身にも免疫となるような毒も必要だと伝える。剣を現実に即して使うとは、自らの中の毒も出していくこと。そうすることで、伝家の宝刀たる『草薙の剣』をオロチの尾より発見するに至る。つまり、毒を持って毒を制する軽やかさを王者の条件として身につけるのことを説いている。

 

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《拾四》タマ - 14.Tama -

パートナーシップと変容

 「タマ」と言う響きは、魂、霊力を連想させる。人生を変容に導くタマ。日本の神話や民話にも、たとえば山幸彦が豊玉姫から手渡された塩満珠(しおみつたま)と塩乾珠(しおひるたま)や、浦島太郎が乙姫様から持たされた玉手箱など、タマという名の付くそれらの道具に、変容をもたらす摩訶不思議な力が込められていることを伝えている。つまり「女性と霊力」をタマは象徴している。タロットの秘儀的に例えれば、女性の掌に包まれた水晶珠は、西洋の賢者の石に近い。女性の愛を勝ち取ることは、霊力を授かることと同義であり、人生に変容をもたらす恋の力とは、水晶玉を、まさに今、渡されようとする、この瞬間の女性の姿そのものにある。

 タマは勾玉の宮のすべてのカードに影響を与える。男女間をはじめ、すべてのパートナーシップ、人間関係を本当に大切にすることが、いかに人生に変容をもたらすものであるのかを知っていく。

 

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《拾参》イド - 13.Ido -

妥協なき意識の深みと変容

 西洋タロットの『死』『死神』に相当するカード。それは、徹底した「変容」。おどろおどろしく見えるのは「死」にまつわる禁忌のイメージ。私たちは「死」を怖れる。自分の死、身近な人の死…持てるものを失うことを怖れる。このカードの指し示す死は、妥協のない意識の死。変容を迎えるとは、蝶が芋虫とさなぎの状態を経て誕生するように、一つの状態が完全に終わること。前の状態が消えようとする時の、その恐怖(のイメージ)が描かれている。それは妥協なく行われる。もしも、わずかでもその死に甘えがあれば、変容は失敗せざるを得ない。今望まれているのは、古い意識の死。完全なる移行、変容である。

 死神に吊るされている女性は、井戸に投げ捨てられなければならなかった。井戸は地底ですべてと共有している。死とつながる井戸にこそ、生の神秘がある。イドへの完全なる信頼が試される。怖れと共に井戸の深みに降りよ。本当に死ぬものは何か?そして、それでも死なないものは何か?

 

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《拾弐》アダシノ - 12.Adashino -

空虚に待つ/生命の力

 『アダシノ』は平安時代からの風葬の地として知られる京の化野(あだしの)がモデル。右端の空には、四神の青龍が浮かび上がる。『拾六・ミカヅチ』に現れた青天の霹靂的な空とも交差する。巨大なドクロに腰掛ける童子の不安げな表情。放心とも取れる童子の顔は、親を亡くしたばかりであることを想像させる。ドクロに止まった蝶はシンボリズム的には魂。亡き親の守護を感じさせる。故事『胡蝶の夢』のように、このカードには、この世の儚さと無常観が溢れている。

 

 後ろ盾、支えを無くしたこの子の心に浮かぶ想いは何であろうか?寂しさや情けなさ、孤独。どうしていいかわからないという放心状態。しかしこのカードにおいては、この放心、頼りのなさの中にこそ、変容の秘密が隠されている。空虚の中にこそ発見しうるもの。すべてが奪われたように見えるかもしれない。しかし、彼はやがて気づくだろう。それでも自らが「ここ」に在ることを。生命は微動だにしない。彼の成熟をのみ待つ。

 

 

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《拾壱》トリイ - 11.Torii -

新たな可能性への扉

 鳥居は神域との結界。鳥居をくぐり、都(宮)に出(いで=ルビ)る。まさに今、入洛の時。憧れの「世界」への扉を開けようとしている。紅い鳳凰は、新たな世界への招きの印。具現化する前の「神域」であった「こちら」と、現実世界である「あちら」への架け橋的存在である。龍または白蛇の尾は自らの一部として描かれており、これは龍と鳳凰との出会いのシーンでもある。ついに「待ち人来たる」を表している。

 

 手には稲穂。命のシンボル。日本神話にも神が稲穂を握り降臨する姿が描かれるように、それは、この大地を拓き、この大地で生きることを象徴している。また「手渡された」稲穂は、日本の民話『わらしべ長者』を連想させる。藁をきっかけに、さまざまに変化を遂げながら新しい世界を手に入れていく、その始まりの時を告げている。

 

 

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《拾》コノハナ - 10.Konohana -

いつかの優しさが報われる

 

 西洋タロットの『運命の輪』との対応を示す大きな車輪が特徴。虎は五百歳を迎えると白虎になるとされ、成熟を表し知恵と強さを備え、身籠っている女性を強く守っている。また白虎は月の女神の化身ともいわれ、もう充分に月満ちた臨月の女性の傍で、月の満ち欠けを司り、まさに分娩の時を共に迎えようとしているのだ。

 

 木花咲耶姫は見目麗しく愛された女神として登場する。めでたさを寿くが如くの一面の桜。カード全体が「コノハナ」のエネルギーに満ち、この後の好転を暗示する。彼女が祀られた神社は「子宝」と「安産」というご利益が謳われるように、運命は、あなたを通じて何かを生み出そうとしている。その好機は「突如やってきた」ように感じるかもしれない。「運命的に訪れた」ようにも思えるかもしれない。しかし、月満ちれば花は咲き、月満ちれば赤子が産まれるのは必定で、この幸運はかつてあなたが世界を愛したことの結実である。

 

 

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《九》イワナガ - 9.Iwanaga -

孤独を知り、美と知恵を手に入れる

 磐長姫(イワナガヒメ)は、天孫の一神、瓊々杵命(ニニギノミコト)が見初めた木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)の姉神。父神の大山祇命(オオヤマツミノミコト)は、妹と共に彼の元に嫁がせる。しかし、瓊々杵命は彼女を父神の元に返してしまうのである。父神は、磐長姫も娶れば風雪に耐える岩のように彼の命は安泰であったはずなのに、短い命で終わるだろうと嘆く。現在の価値観では、姉を引き出物として送ることなど当然考えられないが、シンボリズムで捉えると、このエピソードに偉大な秘儀を見ることができる。

 

 幸運のコノハナ、勝利のヤマトでは語られなかった──《六》ムスビに描かれた「退けられた」方の女性性が、このイワナガで浮かび上がる。彼女は男性に拒絶され、一体であったはずの妹とも切り離され孤独である。心は自然と内省に向かう。静けさと共にある磐長姫は、孤独を知った者の真の美しさと聡明さを湛えている。タマの霊力はそこに宿る。勝ち取るべき女性の愛とは、イワナガの愛に他ならず、その時、人生に変容の奇跡がもたらされる。

 

 

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《八》エンマ - 8.Enma -

忘却という偉大な力と秩序

 

 このカードのモデルは閻魔大王、あるいは大王の補佐官として裁きを手伝ったとされる小野篁(おののたかむら)である。毎夜、井戸から地獄に下り大王の仕事をし、朝には別の井戸から地上に戻ったという冥府渡りの伝説を残す人物。剣の宮のキーパーソン。中央に置かれた天秤は人生を計る彼の道具。公平さ、正しさを冷静に見抜く中立の眼差しの象徴。天秤と同じく公正な裁きを暗喩する閻魔様の尺は、ここでは剣の役割をも同時に表現しているのだろう。尺≒剣を手に、剣の宮に入ることがここでのイニシエーション。

 

 この世での行いを、あの世において正すことで、世界に秩序をもたらす閻魔大王。さらに、地上を往来する篁との連携がエンマの真の意味。それは、人の心に溜まり念となった過去を人が眠っている間にすっぱり切り捨てさせ、新しい朝を迎えさせる力。西洋タロットの「力」に位置するエンマは、単に裁く力というだけではなく、私たちが過去を「忘れる」ことの下に潜む、目には見えない偉大な働きをシンボライズしているのだ。

 

 

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《七》ヤマト - 7.Musubi -

自らの意志で荒波に打ち克つ

 

 ヤマトは日本国の古称「大和」「倭」の呼び名である。このカードのモデルは「日本武尊(ヤマトタケルノミコト)」で神話上の英雄として有名。光る剣を右手に、左手に兎を抱え守る。兎は日本女性のシンボル。守られていることに満たされた兎の表情と、雄々しいヤマトの姿は、荒波の中にあっても、すでに勝算があることを感じさせる。「ますらお」とでも言うべきか。勇ましさと勝利と出世の象徴。

 

 龍の変容前の姿として「登竜門」の語源で知られる鯉は、大きな飛躍と成長を暗示。胸にある八咫烏の意匠はリーダーであることを意味する。西洋タロットの「戦車」のカードに相当。波に見え隠れしている車輪は戦車の車輪でもあり、『拾・コノハナ』の運命の「輪」とのつながりも表す。幸運の『コノハナ』は、ヤマトの覚悟に裏付けられている。まさに今、決断の時。ここでリスクを負う覚悟なければ、コノハナの幸運にはつながらない。

 

 

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