《弐拾》カモ - 20.Kamo -

霊的体験「何も心配はいらぬ」

 《拾七》ハタと対のカードとして《弐拾》カモがある。古代京都の豪族には秦氏の他、賀茂建角身命(カモタケツヌミノミコト)を祖とする賀茂氏が知られる。神武天皇を先導した八咫烏と同一視され、上賀茂と下鴨の両社の祖神でもある。

 このカードは22枚のカードの中で、最も「あの世」的な静けさを感じさせる。天上から派遣された八咫烏を彷彿とさせる天上人が浮かぶ静かな泉に、蓮の花と番(つがい)の鴨。それは誕生を待つ者の住む世界のよう。池に刺さった丹塗りの矢は上賀茂神社の祭神、賀茂別雷大神(カモワケイカヅチノオオカミ)のシンボル。母神の玉依姫(タマヨリヒメ)が矢を枕元に突き立てて眠ったところ身籠ったとされることから、天上の神との交わりを暗喩する。つまり、別次元との融合による、全く新しい世界の現れを待つ状態を指す。深く沈潜し、変容を「直接」見ると…アダシノの不安の下で、あるいはイドの中で進行する真実の変容のようすが、ここに現れているのである。

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《拾九》アマテラス - 19.Amaterasu -

幸福と真実を寿ぐ

 言うまでもなく日本で最も偉大な太陽神 天照大神がモデル。三種の神器「鏡」を頭に掲げ、鮮やかな「松」のモチーフと豊かに実った「稲穂」、そして「薄紅梅」色の着物。アマテラスのカードは「玄武≒亀」が司っているので、鶴と合わせて「鶴亀」……日本ならではの「寿」のしるしが、アマテラスにはちりばめられている。

 陽はついに昇る。どんな暗闇でも、たった一筋の太陽の光が届くと、たちどころに明るくなる。怖れていたものに光が当たり、多くは怖るるに足らぬものであったことが明らかになる。もはや秘密はない。

 日本神話上もっとも名誉ある女神であるが、その運命を受け入れるということはいかなることなのか。出自が高貴であるというだけではなく、高貴さにふさわしい気品と統率力を身につけるとは?その尊厳を裏付けている明るさと力強さ。隔てなく照らすという奉仕。アマテラスは新しい門出に立ったあなたを照らし、稲穂を捧げ、祝賀しているのだ。

 

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《拾八》セオリツ - 18.Seoritsu -

隠された神秘との出会い

 西洋タロットの「月」に対応する《拾八》セオリツ。日本の女神「瀬織津姫神(セオリツヒメ)」がモデル。祓戸(はらえど)四神の1柱で「大祓詞(おおはらえのことば)」の祝詞(のりと)には、「川の瀬にいて人々の罪穢れを大海原に持ち出す神」とある。神道の真髄は穢れを祓うことにあるのだから、この女神の役目はとても大きい。しかし、太陽神として崇められている天照大神(アマテラスオオミカミ)ほど知られた存在ではない。

 火(カ)と水(ミ)のエレメント「カミ」で一対と考える京都タロットは、隠された謎の水神『セオリツ』の発見こそ、その主要テーマ。あなたの中に眠る神話と深くリンクし、見い出されるのを待つ。報われなかったものに光を当て、タブー視していたものを直視すると、その中にある果実が見えてくる。セオリツの足元には桃が並ぶ。桃は古代中国では不老不死を表す聖樹の実として知られ、隠された楽園「桃源郷」も桃の文字よりなる。

 

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《拾七》ハタ - 17.Hata -

新たな仕事の発見と明るい前途

 西洋タロットの『星』に対応。夜空の下、大きな機織り機で織る女性。脇からは羽根が生え、日本昔話『鶴の恩返し』を連想させる。鶴の恩返しでは、人間に覗かれることがないように部屋に篭る女性が描かれたが、ハタは星空を背景に宙の力を借りながら作業をしている。

 古代、京にやってきた豪族、秦(はた)氏は政治的というよりむしろビジネスとして養蚕や機織りの技術をもたらし繁栄した。《弐拾壱》クラマの再誕生のエネルギーが鍵となる鏡の宮のこのカードは、アイデアやインスピレーションが現実世界で役立つ具体的な手段を持ったといえる。また、現世御利益を表す白蛇が、日本女性の最初の仕事と言われる機織りを頭上より見守っているのは、明るく美しい前途を表す。自らの羽根を紡ぐことは内なる技術、アイデアの表現であり、それは宙とのコラボレーションによって実りをもたらすのだ。

 

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《拾六》ミカヅチ - 16.Mikazuchi -

劇的な変革、天啓

 武甕槌神(タケミカヅチノカミ)は、イザナギの「剣」についた血から生じたとされる剣の神。このことはイザナギの在る稲穂の宮で育ててきたものが一つの完了を迎え、新たなステージへと変化を遂げたことを告げている。過激なまでの劇的な変化。伝統や権威の失墜があるかもしれない。手放し難かった価値観や想いが崩されるかもしれない。それは、青く渦を巻く空で表されているように「晴天の霹靂」的な訪れ方をするかもしれない。雷=イカヅチが落ちるような。

 菅原道真は雷神と同一視され、彼を不遇に陥れたものを死後、雷を落として懲らしめたとされたが、シンボリズム的に解釈するなら、新しい時代に即さない古い秩序は破壊されると見るべきだろう。牛の角が生えた赤熊(しゃぐま)を被った男は、祇園祭で踊る‘棒振り’か、もしくは‘牛頭天王’を彷彿とさせる。厄神であると同時に厄を祓う力強い象徴。さらに、雷は天啓のシンボル。永い思索を喝破するごとくの偉大な閃きを予感させる。

 

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《拾伍》オロチ - 15.Orochi -

毒と剣で現実を制する

 素戔嗚尊(スサノオノミコト)のヤマタノオロチ伝説のクライマックスシーンが描かれる。素戔鳴尊は八つの門の内側に置かれた八つの桶に強いお酒をたっぷり入れ、さまざまに策略を巡らせてオロチを迎え打つ。まんまと酔っ払い、首を落とされるオロチ。策略に長け、女性を手に入れる素戔鳴尊の物語は痛快で、事態の深刻さを吹き飛ばしてしまう。西洋タロットの『悪魔』に対応する《拾伍》オロチは、剣の宮において起こりがちな深刻さの打破を教え、強いお酒と策略の意味するところは、社会に出て遭遇する残酷さに対抗するためには、自身にも免疫となるような毒も必要だと伝える。剣を現実に即して使うとは、自らの中の毒も出していくこと。そうすることで、伝家の宝刀たる『草薙の剣』をオロチの尾より発見するに至る。つまり、毒を持って毒を制する軽やかさを王者の条件として身につけるのことを説いている。

 

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《拾四》タマ - 14.Tama -

パートナーシップと変容

 「タマ」と言う響きは、魂、霊力を連想させる。人生を変容に導くタマ。日本の神話や民話にも、たとえば山幸彦が豊玉姫から手渡された塩満珠(しおみつたま)と塩乾珠(しおひるたま)や、浦島太郎が乙姫様から持たされた玉手箱など、タマという名の付くそれらの道具に、変容をもたらす摩訶不思議な力が込められていることを伝えている。つまり「女性と霊力」をタマは象徴している。タロットの秘儀的に例えれば、女性の掌に包まれた水晶珠は、西洋の賢者の石に近い。女性の愛を勝ち取ることは、霊力を授かることと同義であり、人生に変容をもたらす恋の力とは、水晶玉を、まさに今、渡されようとする、この瞬間の女性の姿そのものにある。

 タマは勾玉の宮のすべてのカードに影響を与える。男女間をはじめ、すべてのパートナーシップ、人間関係を本当に大切にすることが、いかに人生に変容をもたらすものであるのかを知っていく。

 

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《拾参》イド - 13.Ido -

妥協なき意識の深みと変容

 西洋タロットの『死』『死神』に相当するカード。それは、徹底した「変容」。おどろおどろしく見えるのは「死」にまつわる禁忌のイメージ。私たちは「死」を怖れる。自分の死、身近な人の死…持てるものを失うことを怖れる。このカードの指し示す死は、妥協のない意識の死。変容を迎えるとは、蝶が芋虫とさなぎの状態を経て誕生するように、一つの状態が完全に終わること。前の状態が消えようとする時の、その恐怖(のイメージ)が描かれている。それは妥協なく行われる。もしも、わずかでもその死に甘えがあれば、変容は失敗せざるを得ない。今望まれているのは、古い意識の死。完全なる移行、変容である。

 死神に吊るされている女性は、井戸に投げ捨てられなければならなかった。井戸は地底ですべてと共有している。死とつながる井戸にこそ、生の神秘がある。イドへの完全なる信頼が試される。怖れと共に井戸の深みに降りよ。本当に死ぬものは何か?そして、それでも死なないものは何か?

 

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《拾弐》アダシノ - 12.Adashino -

空虚に待つ/生命の力

 『アダシノ』は平安時代からの風葬の地として知られる京の化野(あだしの)がモデル。右端の空には、四神の青龍が浮かび上がる。『拾六・ミカヅチ』に現れた青天の霹靂的な空とも交差する。巨大なドクロに腰掛ける童子の不安げな表情。放心とも取れる童子の顔は、親を亡くしたばかりであることを想像させる。ドクロに止まった蝶はシンボリズム的には魂。亡き親の守護を感じさせる。故事『胡蝶の夢』のように、このカードには、この世の儚さと無常観が溢れている。

 

 後ろ盾、支えを無くしたこの子の心に浮かぶ想いは何であろうか?寂しさや情けなさ、孤独。どうしていいかわからないという放心状態。しかしこのカードにおいては、この放心、頼りのなさの中にこそ、変容の秘密が隠されている。空虚の中にこそ発見しうるもの。すべてが奪われたように見えるかもしれない。しかし、彼はやがて気づくだろう。それでも自らが「ここ」に在ることを。生命は微動だにしない。彼の成熟をのみ待つ。

 

 

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《拾壱》トリイ - 11.Torii -

新たな可能性への扉

 鳥居は神域との結界。鳥居をくぐり、都(宮)に出(いで=ルビ)る。まさに今、入洛の時。憧れの「世界」への扉を開けようとしている。紅い鳳凰は、新たな世界への招きの印。具現化する前の「神域」であった「こちら」と、現実世界である「あちら」への架け橋的存在である。龍または白蛇の尾は自らの一部として描かれており、これは龍と鳳凰との出会いのシーンでもある。ついに「待ち人来たる」を表している。

 

 手には稲穂。命のシンボル。日本神話にも神が稲穂を握り降臨する姿が描かれるように、それは、この大地を拓き、この大地で生きることを象徴している。また「手渡された」稲穂は、日本の民話『わらしべ長者』を連想させる。藁をきっかけに、さまざまに変化を遂げながら新しい世界を手に入れていく、その始まりの時を告げている。

 

 

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